北海道江別市で手づくりソーセージ・ベーコンの製造から牛・馬の牧場、レストラン経営まで幅広く事業展開するトンデンファームの創業者・松山増男さん。創業から50年以上、自然への敬意と次世代へその想いを伝えていくことを使命に生きる松山さんに、事業を運営する中で大切にしてきたこと、JWティーとの驚きのご縁などについて語っていただきました。
2、3頭から始まった養豚業、あるのは「若さ」だけだった。
私は1966年に北海道江別市にて2、3頭から養豚業を開始しました。酪農学園大学を卒業後の24歳の時です。現在は、1,200〜1,300頭の豚を育て、手づくりソーセージ・ベーコンの製造、牛・馬の牧場、有機農園、乳製品加工、レストラン経営など事業の幅は広がりましたが、その頃はお金も人脈もない、あるのは若さだけでした(笑)。養豚業のみの時代、日中は土木工事の仕事をしつつ、泥まみれになりながら豚を必死に育てて数を増やしていきました。しかし、売るときに問屋に安く買い叩かれてしまったのです。そこで私は、精肉店の仕事にも通じなければ今後の成長が見込めないと直感し、朝と昼はいくばくかのお小遣いをもらいながら精肉店で“丁稚”として働き、夜は土木工事で働くなど、別分野の勉強にも励みました。その際に培われた経験が、全体の経営戦略を立てるときなど、今にも活きています。
天は自ら助くる者を助く。
今でこそトンデンファームでは200名近い従業員が働いてくれていますが、食肉加工を始めた初期は全くうまくいきませんでした。年末のお歳暮でいくつか注文は入りましたが、それ以外の納品先は何もない。その時が一番大変でしたね。全部で2、3人しかいないパートさんの契約も終了しなければならないほどでした。それでも諦める気持ちは微塵もなかったな。「いつか、いつか、呼び戻すからね」と伝えながらお別れをしました。そんなことを思い出すと胸が詰まってしまいますね。その苦しい時代に誕生したのがトンデンファームの元祖看板商品「骨付きソーセージ」。アイデアを思い付いたのは私ですけど、ソーセージ・ベーコンづくりの名人で黒川平作という男が傍にいて実現してくれました。骨にタネを付けて、ベーコンを巻いてみたりもして、開発には試行錯誤を繰り返しました。寝る間を惜しんでとはまさにこのこと。完成したときは嬉しかったな。「これだ!」と思いましたね。「骨を持って思いっきりかぶりつきたい」、そんなイメージを形にした商品。添加物を最小限に抑え、良質な豚肉を使ったソーセージだからこそ、骨膜からにじみ出るエキスとの味のハーモニーが生まれました。
完成後は地元北海道の大手ビールメーカー、サッポロビールに持って行きました。すると、工場併設レストランのシェフが、「松山さん、これはすごい商品だよ!」と言ってくれて。そしてサッポロビール園での取り扱いが決まったのです。骨を持ってかぶりつくイメージがバーベキューにピッタリだと。当時のサッポロビール園と言えば、日本全国で1位、2位の集客力がありました。それをきっかけにトンデンファームは一躍全国区となり、テレビや新聞などの取材が殺到し、売り上げもうなぎのぼりになったのです。経団連の会合でダイエー創業者の中内功さんがサッポロビール園を訪れた際に、「私は世界であちこち行って食べているが、こんな商品ほかにないよ」と仰ってくださったようです。すぐにバイヤーが飛んできて、「ダイエーで販売しましょう」ということになったのですが、断らざるを得ませんでした。骨付きは作るのに手間がかかるので、まだまだ当時は生産体制が追い付いていなかったのです(笑)。その後骨付きソーセージは1991年に製造特許を取得し、翌年には発明協会から『発明奨励賞』もいただきました。そのおかげで、一度はお別れしたパートさんたちを呼び戻すこともできたのです。みんな待ってくれていました。その後、燻製の窯は最大70基にまで増え、国内最大規模の工場になりました。今では骨付きソーセージを超える商品も生まれ、「荒挽ウインナー」と「炭火焼ベーコン」でNo.1と2の人気を分け合っています。まじめにしていたら、天は助けてくれるのだなと感じています。
運命とも言えるJWティーとの出会い。
今回、私たちのソーセージ・ベーコンとJWティーがコラボしたギフトセットを商品開発することとなりました。最初に、なぜ私がJWティーを愛用するようになったかというと、お茶の中にアメリカのインディアン・セージがブレンドされていることを知ったからです。私は30年来、夏のアリゾナ州のインディアン(アメリカ先住民)の儀式に参加していますが、父なる天、母なる大地に感謝をする「サンダンス(太陽の踊り)」において大自然に敬意を払う彼らのスピリッツは、このトンデンファームの社是「大地、愛、勇気」に通じるものです。実際の儀式の現場はとても過酷な環境で、連れて行った社員がその環境に馴染めないこともありましたね(笑)。アリゾナ州には世界遺産のグランド・キャニオンもあるので、あのような光景を思い浮かべていただければイメージしやすいかもしれません。2,000mを超える高地ですが、昼間は暑く、夜は極端に寒くなります。電気もなければ何もない。サンダンスは4日間絶食状態で、円形の広場の中央でダンサーが太陽の出ている間踊り続け、その周りをサポーターが囲み、声を限りに儀式の歌を歌い、太鼓を打ち鳴らすのです。先住民と踊るのは私だけで、社員たちは周りを囲むサポーターにまわってもらいます。実はサンダンスの儀式にはインディアン・セージが必要不可欠です。乾燥させたインディアン・セージに火を灯し、その煙で体を浄化し、儀式の場も浄めるのです。だから、JWティーにインディアン・セージがブレンドされていると聞いたときは本当に驚きました。これもご縁ですね。その話を聞いてから、グググーっと自分が突き動かされた感覚があります。私はもともとそんなに水分を摂るほうではありませんが、この夏かなりJWティーを飲みました。体が飲みたいと欲するのですよ。不思議なお茶ですね。
7代先の子孫を意識しながら今の生活を考える。
アメリカ先住民の教えに「7代先の子孫がどのように生きていくのか意識しながら今の生活を考えなさい」とあります。この考えは今とても必要なことだと思います。あの世に財産は持って行かれないじゃないですか。それは父なる天、母なる大地から「松山、あなたの目の黒いうちはこの土地を任せたよ」と言われている気がします。ですから、私は今この江別の土地を預かっているだけ。いずれ、この土地をお返しし、次の世代に引き継いでいかなければなりません。私はその想いから、トンデンファームのほかに、大自然の中で子どもたちが動物たちとのふれあいやエサやりが楽しめる体験牧場「アースドリーム角山農場」を2015年に開設しました。
馬、やぎ、アルパカ、うさぎとのふれあい、さらには巨大なアスレチックや滑り台、ブランコなど、心と体の両面から子どもがめいっぱい楽しめる環境を提供しています。アースドリームを訪れた子どもの中にゲーム機器で遊ぶ子はだれもいない。楽しくて、楽しくて、懸命に体を使って遊んでくれます。営業時間終了の17時が近づくと、何人も子どもが泣いている。お母さんに「どうしたの?」と尋ねると、子どもたちがもっと遊びたいと帰りたがらないんだって。その光景を見て、うれしかったなー。
ここをもっと子どもたちのワクワクする場にしたい。それは遊びだけではない。例えば、アースドリームの中に茶室を作ったり、ステージを用意して様々な催し物をしたり、日本の文化を伝えていく場にもしたい。子どもたちが「これなーに?」「あれなーに?」と自然にそうやって覚えていく。企業ってそういうものじゃないですかね。儲けることだけを考えてはダメ。儲けることは大切なことだけど、その利益をどのように使うか。物質と心のバランスが重要ではないかと私は思います。トンデンファームだけをしていれば、もっと利益は確保できるかもしれない。しかし、子どもたちが大人になったとき、ここで感じたり学んだりしたことを自分の子どもたちに伝えていく。その子どもたちがまた自分の子どもたちに伝えていく。そうやって大切なことが未来へと受け継がれていくことが重要なのです。アースドリーム、“大地の夢”をここで作っていきたいと思っています。
松山 増男さん
1942年静岡県生まれ。高校時代はバレーボール部のキャプテンを務め全国大会へ出場。北海道の酪農学園大学を卒業後、1966年に江別市にて養豚業を開始。1975年松山畜産有限会社を設立、1984年有限会社トンデンファームに称号変更し、ハム・ソーセージの工場を開設。1991年骨付きソーセージを開発し、製造特許を取得。2003年白老牧場(白老牛の繁殖飼育)開設、2008年生ハム工場開設。DLG(ドイツ農業振興協会)主催の「2010国際ハム・ソーセージ品質コンテスト」では商品5点が金賞、3点が銅賞を受賞し、2020年度も多くの商品が金賞と銀賞を受賞。2015年にアースドリーム角山農場を開設し、有限会社から株式会社トンデンファームに組織変更を行う。
トンデンファーム本社
- 住所
- 北海道江別市元野幌968番地5
- 営業時間
- 4月〜10月 10:00〜17:30
11月〜3月 10:00〜17:00
営業時間は状況により変動する場合があります。
- TEL
- 011-383-8208