JWティーとバイオプラスがある 私の暮らし
林 利晴・美津子 さんご夫婦

林 利晴・美津子 さんご夫婦(愛用歴3年)

宮崎県宮崎市在住。親子4世代にわたって漁師を家業としてきた林さんご一家。2019年10月に漁師を引退。ご家族は夫と妻、3人の息子、そして5人の孫がいる。

昨年、上顎洞(じょうがくどう)ガンのステージ4と診断される。

親子4世代にわたって漁師を家業としてきた林さんご一家。一昨年10月に漁師の仕事から引退した利晴さんは、以前はマグロ漁船に乗って1週間は海の上ということもざらだったこともあり、体力には自信があったと言います。

利晴「中学校を卒業してすぐに漁師の道へ進みました。少しでも父親の手伝いができればと。何よりも漁師の仕事が好きでしたから。高専の受験をすっぽかして、漁業無線の免許を取りに行き、学校の先生に怒られたくらいです(笑)。病気らしい病気をしたことがなかったので体力には自信がありました」。

ところが昨年3月のコロナ禍、利晴さんを突然の病魔が襲います。2、3ヶ月間、原因不明の頭痛が続いたあと、明け方、不意に大量の鼻血が出たそうです。いくつかの病院をまわり、最終的に大学病院で上顎洞(じょうがくどう)ガン(鼻の横奥にある上顎洞と呼ばれる空洞周辺にできるガン)のステージ4と診断されたとのことです。

美津子「それまで自分も家族も健康そのものだったので、健康当たり前、元気当たり前と思っていました。お医者さんは『リンパ節や骨にも転移がみられます』と淡々と説明されました。私が腫瘍の切除をお願いすると、『手術したら顔半分なくなるよ』と言われ、一瞬啞然としましたが、そのあとお医者さんは『抗がん剤と放射線で治癒できますから』と付け加えてくださったのです。そこで私は『治療法は先生にお任せします。ただ、このお茶も飲ませて良いですか』とJWティーを差し出しました。お医者さんは『化学療法をする際は水分を多く摂らなければならないから良いですよ』と許可してくださったのです」。

メソメソしてもしょうがない!つらい状況をどう楽しむか。

3年前から美津子さんが購入したJWティーが家の中にあったものの、本格的には飲んでいなかった利晴さん。病気をきっかけに真剣に飲み始めようとの思いを強くしたとのことです。

利晴「お医者さんから抗がん剤などの成分を体から排泄しやすくするために水分をこまめに摂ってくださいと言われていたので、健康茶ならより良いかなと思いました。また、入院中は妻が1.5リットルのポットに何袋も入れて濃く煮出したJWティーを毎日持ってきていたので、その気持ちに応えたいと思ったのです。しかし、入院から10日も過ぎると、治療の副作用で口や鼻の患部が腫れ、痛みで水分さえも口から摂ることができなくなってしまいました。そこで衰弱しないよう、胃ろう(お腹に小さな穴を開け、チューブを通して胃に直接栄養を摂る方法)が始まったのですが、通常の食事のパック、薬のパックに加えて、妻が持ってきてくれていたJWティーをパック詰めにして胃に直接流し込んでもらいました(笑)。他にもコットンにJWティーを含ませて口に咥えたり、鼻に詰めたり、いろいろしました。妻のアイデアです」。

美津子ここまで来たら楽しもうと(笑)。メソメソしてもしょうがありません。もともと苦労を苦労と感じないタイプなので。そして、JWティーがあるということ自体が心の支えになってくれていたのだと思います。夫が漁に出る時もいつもお守り代わりにJWティーを1箱持たせていましたから」。

病院の治療やお2人の努力の甲斐もあり、現在利晴さんは退院し、自宅療養に励んでいるとのことです。

利晴「朝起きたらJWティーと一緒にバイオプラス1包も必ず飲んでいます。一時期は抗がん剤の影響で便秘に悩まされたのですが、妻に勧められてこの習慣を始めてから毎朝快調です」。

美津子「地元九州でJWティーとバイオプラスの様々な感想を伺い、揺るぎない信頼感がありますので、ずっと飲み続けたいですね。病院の先生とスタッフ、そしてJWティーを紹介してくださった皆様に心から感謝です。私達も今回のエピソードを参考にしていただくことで、ジェイソンさんのように愛のバトンタッチをしていきたいです」。

林さん流JWティーとバイオプラスのある暮らし

【作り方】【1日に飲む量】
1.5リットルのポットにJWティー3袋を5回分くらい作る。利晴さんは3回分を飲む。バイオプラスは1日1包ずつ。

【アレンジ】
宮崎産の焼酎に温かいJWティーを注ぎ、JWティー割りを愉しむ。

ランチお茶会ではみんなが得意な料理を持ち寄る。美津子さんは「魚の押し寿司」を用意。中には宮崎特産の日向夏(ひゅうがなつ)の果汁とバイオプラスを合わせたゼリーを用意する人も。

宮崎産の焼酎に温かいJWティーを注ぎ、JWティー割りを愉しむ。