知られざるJWティーの歴史

Vol.12

調和の象徴としての地

JWティーの開発者であるサー・ジェイソン・ウィンターズは、2004年12月12日、心不全のためネバダ州の病院内で逝去した。享年74。日本で2回目の記念講演を行ったわずか2週間後のことだった。
ジェイソン氏は、風邪にともなう咳を止めるため、普段は使用しない抗生物質の服用により、心臓に不具合をきたした。しかし、ウィンターズ夫人やご子息であるサー・レイモンド・ウィンターズは、彼が天寿を全うし、薬の服用は天国へ旅立つためのきっかけに過ぎなかったのだと理解できたという。それほどに静かな、そして満ち足りた最後だった。

この世を旅立つ前、ジェイソン氏は次のような言葉を遺している。
「私は自由になりました。悲しまないでください。私は神のつくった道を歩いています。もし私との別れがつらく、むなしさを感じたなら、楽しかった思い出を心に満たしてください。私は素晴らしい家族や友人、楽しい時間、愛する人とのふれあいなど、人生を十分に楽しみました。皆様の心が平和でありますように」と。

葬儀は、12月18日午前11時に自宅近くのパームモーチュアリー東教会にて身内のみでしめやかに営まれ、ジェイソン氏の望みどおり100日間の喪に服し、遺灰は世界の3つの場所に撒かれた。
1ヶ所目は米国ネバダ州ラスベガス、2ヶ所目は香港のビクトリアピーク、そして、3ヶ所目は日本の京都である。ラスベガスはジェイソン氏の住んでいた場所であり、この3ヶ所ともジェイソン氏が生前とても愛した場所だった。どこも西洋と東洋の文化を高いレベルで“調和”させた世界でも特異な地域だったからだ。

以前、ジェイソン氏が来日した際、「神様が“願いをひとつ叶えてあげよう”と言ったら、何を願いますか?」と質問をしたことがある。その問いに対して彼は、「世界平和」と即答した。2度の大きな世界大戦を経て、悲しみの世紀とも言われる20世紀の有りように彼は人知れず心を痛めていたのかもしれない。そして、人種や文化を超越した調和への願いがいつもジェイソン氏の胸にあったのだ。
ジェイソン氏は、そんな自身の愛した地に、幸せにいまも眠っている。

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