知られざるJWティーの歴史

Vol.03

最後の地、日本への伝道

EOSが創業し、本格的に日本でのJWティー普及が始まった2003年と2004年にジェイソン氏は東京・京都・大阪での来日記念講演を行った。かねてから日本に対して特別な想いを抱き、息子のレイモンド氏にも「日本にはJWティーの未来がある。私と君の未来もだ」と何度となく語っていたジェイソン氏。それは日本が、西洋と東洋の文化や思想をうまく調和させた世界でも特異な国であり、ジェイソン氏の生き方やJWティーの成立ちを象徴するものだったからかもしれない。まるで文明の対立によって混迷を深めていた時代の要請により生まれたようなJWティー。それは期せずして世界三大陸のハーブが調和することで完成した。ジェイソン氏には、調和を大切にするという歴史的背景を持つ日本こそが、JWティーの普及に大きな役割を果たしてくれるというインスピレーションがあったのだ。

実は、JWティーの普及においてジェイソン氏は、特別な営業活動というものは一切行ってこなかった。人と人とのいわゆる「ご縁」と信頼関係において日本を含む世界70数ヶ国との取引が広がっていったのだ。ジェイソン氏は日本との間に本格的なパートナーシップを結んだ時、これまでの国とは違う、何か説明の出来ない大きな期待感があったそうだ。そして、世界中にJWティーを伝道してきたジェイソン氏にとって最後の地となった日本で、これまでの国とは大きく違うスピードと内容でJWティーは普及していった。それはジェイソン氏の期待を遥かに超える取組み方と広がり方として現実のものとなったのだ。

JWティーが日本に伝わってから約1年半が経過した頃、ジェイソン氏の2回目となる来日記念講演が開催され、参加者はジェイソン氏のこれまで以上に心のこもったメッセージを聞くことが出来た。ジェイソン氏は、講演会の聴衆のみならず、当時スタッフを務めてくれた会員の皆様にも「どんなときにも笑顔とジョークを忘れないこと」「誰の人生もその人に相応しい素晴らしいものになること」を身を持って教えてくれた。そして、ジェイソン氏は最後の懇親会のなかで、一緒にJWティーの普及をしてきた会員の皆様全員と共にJWティーへの想いを分かち合い、会場の聴衆者に深く感謝を述べたのである。そのとき、JWティー伝道の最後の国であり、JWティーを一番深く理解してくれたこの地に、自分のバトンがしっかりとリレーされたことを確信したのであった。その後ジェイソン氏は帰国し、その2週間後に米国で静かにこの世を去ることとなったのである。

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